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名古屋地方裁判所 平成2年(ワ)639号 判決

原告

原田仲夫

ほか一名

被告

坪井忠明

ほか一名

主文

一  被告らは、原告原田仲夫及び同原田はる美に対し、連帯して各金九三万五一〇八円及び右各金員に対する昭和六三年八月一七日から支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告らの、その余を原告らの負担とする。

四  この判決一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告原田仲夫及び同原田はる美に対し、連帯して各金二八九万四八九八円及び右各金員に対する昭和六三年八月一七日から支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告らが左記一1の交通事故の発生を理由に、被告坪井忠明(以下「被告忠明」という。)に対し自賠法三条又は民法七〇九条により、被告坪井勝(以下「被告勝」という。)に対し自賠法三条により、それぞれ損害賠償請求をする事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故の発生

(一) 日時 昭和六三年八月一七日午前四時二五分ころ

(二) 場所 海部郡飛島村木場一丁目二四番地先路上(別紙図面参照)

(三) 加害車 被告忠明運転の普通乗用自動車

(四) 被害者 亡原田直次(当時一七歳の男子、以下「直次」という。)

(五) 態様 被告忠明は加害車を運転し、本件事故現場を時速約六〇キロメートルで南進中、助手席に同乗していた和田純子(当時二三歳、以下「和田」という。)が窓枠に腰を掛けて身体を車外に出すいわゆる箱乗り乗車を始めたのを見て、自らも同様にしてみたくなり、左手でハンドルを握り、腰を浮かせ右脇で運転席窓の下部を挾んだ状態で胸から上を車外に出したため、ハンドル操作を誤り加害車を左前方に暴走させて歩道縁石に乗り上げた。その際の衝撃で加害車に同乗中の直次は車外に転落し、頭蓋骨骨折及び脳挫傷の傷害を負い、同日午前四時五五分ころ、右傷害により死亡した。

2  責任原因

(一) 被告忠明は、正常な姿勢で運転してハンドル・ブレーキ操作を確実にし、かつ、同乗者が窓から身を乗り出すなど危険な乗車方法をとつたときは直ちに運転を中止すべき注意義務があるのに、これを怠り、和田が窓から身を乗り出したのを知りながら運転を中止せず、かつ、自らも左手でハンドルを握り、腰を浮かせ右脇で運転席窓の下部を挾んだ状態で胸から上を車外に出してハンドル操作を的確にしなかつた過失により、本件事故を発生させた。

(二) 被告勝は、自己のために加害車を運行の用に供する者である。

3  身分関係

原告原田仲夫(以下「原告仲夫」という。)は直次の養親であり、原告原田はる美(以下「原告はる美」という。)は直次の母であつて、直次の相続人は、原告両名及び直次の父木戸孝一(以下「木戸」という。)の三名である。

4  損害額の一部

直次の治療費 二万一五〇〇円

二  争点

1  原告らは、事故態様について、直次は加害車の後部座席に座つていたところ加害車が歩道に乗り上げた衝撃により全部開いた窓から車外に転落したと主張するが、被告らは直次も和田同様箱乗り乗車をしていたため右衝撃によつて転落したと主張する。

2  被告らは、右一4記載のものを除くその余の損害額を争う。

3  被告らは、直次の危険な乗車方法及び好意同乗の点を勘案して、過失相殺及び信義則により、直次及び原告らの損害は七割以上減額されるべきであるとの抗弁を主張する。

第三争点に対する判断

一  本件事故の態様

1  本件事故現場の状況は、別紙図面記載のとおりである。本件道路は国道三〇二号線であり、最高速度は時速五〇キロメートルに制限されているが、街路灯の設備された直線道路で、前方左右の見通しは良好であつた(甲五)。

2(一)  甲五、甲七、乙四によれば、次の事実が認められ、右甲七及び乙四中、以下の認定に反する部分は採用しない。

被告忠明は、加害車を、窓を全開にし、助手席シートの背を後ろに倒し平面にしてその上に和田が靴を脱いで後向きに座り、直次が同じく靴を脱いで後部座席助手席側シート上に前向きに座つた状態で、本件道路をその第一・二車線に跨がつて南進した。別紙図面〈1〉の地点で、和田が「涼しい」と言いながら、上半身を窓の外に乗り出し、直次は、和田に声を掛けるなどして、はしやいでいた。和田が右のような乗車をして風に吹かれているのを見た被告忠明は、自分も風に当たりたくなつたため、右図面〈2〉の地点で右手をハンドルから離し、右足をアクセルペダルから下ろし、両足を揃えて伸ばし腰を浮かせた。そして、右脇で窓の下部を挾んで、窓外に胸から上を出したところ、ハンドルを握つた左手が左下方に下がり、ハンドルを左に切つた状態となつた。そのため、加害車は左方(東方)に進み、それに気付いた被告忠明が姿勢を元に戻したが及ばず、右図面〈3〉の地点で加害車は東側歩道の縁石法面に衝突して歩道縁石に乗り上げ、右図面〈ロ〉地点辺りまで約二三メートル暴走し、さらに被告忠明がブレーキとアクセルを踏み違えたため、それより約五二メートル暴走して対向車線上でようやく停止したが、右暴走の際の衝撃により、直次は右図面〈イ〉点で、和田は右図面〈ロ〉点でそれぞれ車外に転落し、前記の傷害を負い、死亡するに至つた。

(二)  甲五、甲一六、甲一七の一ないし三によれば、加害車の窓は、完全に開けると、全体が、上底約一〇二センチメートル、下底約一六〇センチメートル、高さ前部約三八センチメートル、高さ後部約三五センチメートルの概ね台形の開口部となり、後部に高さ約七センチメートルの小三角形の窓ガラスが残るのみとなるものであることが認められるが、加害車に相当強い衝撃が加わつたとしても、前記姿勢で後部座席シート上に座つていた当時一七歳の男子である直次が右のような窓から車外に転落する可能性はきわめて低いと認むべきである。

(三)  右(一)及び(二)の各認定事実を総合すると、和田が箱乗り乗車の態勢をとつたころ、直次も上半身を乗り出して乗車していたため、加害車が歩道に衝突しその縁石に乗り上げて暴走した衝撃により路上に転落したものと推認するのが相当である。

甲五、甲七、乙四によれば、被告忠明は、和田の前記姿勢は運転中の一瞬に見たにすぎず、直次の姿勢は直接見ていないこと、直次は和田よりも約一〇メートル手前で転落し、右側頭部打撲出血、大腿骨骨折等の傷害を負つたことがそれぞれ認められるが、これらの事実はいずれも右推認を妨げるものではない。

二  損害額

1  直次の雑費(請求も同額) 一二〇〇円

直次は事故後愛知県厚生農業協同組合連合会海南病院で診療を受けた(甲八)ところ、右受診に関する雑費は、傷害の程度及び死亡の結果等に徴すれば右金額が相当である。

2  文書料(請求も同額) 三〇〇〇円

原告両名及び木戸(以下「原告ら」という。)は、診断書料として右金額を支出した(甲一〇)。

3  葬儀費用(請求も同額) 六九万五一七五円

原告らは、直次の葬儀のため、右金額を支出した(甲一一の一ないし五)。

4  墓碑・仏壇等費用(請求も同額) 三一万九一〇〇円

原告らは、直次の墓を建立し、仏壇を購入するため、右金額を支出した(甲一二の一ないし三)。

5  直次の死亡による逸失利益(請求も同額) 一八〇二万二五六〇円

甲五、甲一三の一・二によれば、直次は、高等学校を卒業し、昭和六三年六月ころからパチンコ店「ルート1」で稼働し、同年七月に八万五二六〇円の、同年八月に九万九二五〇円の各賃金を受けた事実が認められるが、直次は同店に勤めて日が浅いために賃金も特に低額にとどまつていたものと認められるから、右各賃金を逸失利益算定の基礎とすることは相当でなく、賃金センサスによる平均賃金に依拠すべきである。そこで、直次は、本件事故に遭わなければ本件事故当時の一七歳から稼働可能な六七歳までの五〇年間就労し、少なくとも昭和六二年賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・小学新中卒一七歳以下の年収額一四五万九二〇〇円(当裁判所に顕著)を得ることができたと推認されるので、それから生活費としてその五〇パーセントを控除した額に新ホフマン係数二四・七〇一九を乗じて右五〇年間の逸失利益の死亡時の現価を計算すると、一八〇二万二五〇六円となる。

1,459,200×0.5×24.7019=18,022,506

6  慰謝料(請求も同額) 一八〇〇万円

前記事故態様、直次の死亡当時の年齢、原告らとの身分関係その他諸般の事情を考慮すると、傷害及び死亡に至つたことに対する直次本人慰謝料及び直次の死亡に対する原告らの慰謝料としては、合計一八〇〇万円を相当と認める。

7  原告両名の各損害額 各一二三五万四一六〇円

原告らの固有の損害及び相続分の損害とも同一割合の各三分の一であるから、原告両名の各損害額は以上認定の損害額合計三七〇六万二四八一円の各三分の一である各一二三五万四一六〇円となる。

三  過失相殺及び好意同乗

1  過失相殺

前記一の認定事実によれば、直次には、加害車に同乗中和田が車外に身を乗り出したことに誘発されて、ことさら窓から身を乗り出すという危険な乗車方法に及んだため、本件事故に至つたのであるから、原告にも過失があり、これは過失相殺による損害賠償額の減額事由として考慮するのが相当である。

2  好意同乗

(一) 甲五、甲六、甲七、乙四によれば、次の事実が認められ、右甲六中、以下の認定に反する部分は採用しない。

(1) 被告忠明、直次及び和田は、いずれも海部郡弥富町所在の前記パチンコ店「ルート1」の店員であり、同店二階の寮に居住していた。昭和六三年八月一六日午後一〇時三〇分ころ、同日はお盆のため繁忙であり、しかもその翌日は同店の休日であつたことから、右三名は、いわゆる「打上げ」の趣旨で、他の同僚とともに三台の車に分乗して名古屋市中村区内の飲食店へ食事に出掛けた。

(2) 帰寮の途中、被告忠明は、同区内の実家に寄り、自分の運転していた車を実家にあつた兄である被告勝所有の加害車に乗り換え、和田が助手席に、直次が後部座席に乗り込んで一旦寮に戻つたが、そのまま附近に車を停めて雑談中、三重県長島内にあるゲームセンターに行くこととなり、被告忠明は、加害車に和田及び直次を乗せ、他の同僚の車と二台で翌一七日午前二時ころ右ゲームセンターに行つて食事やゲームをした。

(3) その後、寮に再び帰る途中、海部郡弥富町内の二四時間レストランに入り雑談していたところ、名港西大橋の夜景を身に行くことに話がまとまり、午前四時すぎころ同所を出発し、右名港西大橋に向かつて走行中本件事故が発生した。

(二) 右認定のとおり、パチンコ店の同僚である被告忠明、直次及び和田は、他の同僚をも交えて、全員の同意のもと、飲食・ゲームを楽しみつつ長時間にわたりドライブを続け本件事故に遭つたという事情が認められるから、右事情は好意同乗による損害賠償額の減額事由として考慮するのが相当である。

3  したがつて、本件事故の態様及び経緯に照らし、右過失相殺及び好意同乗を合わせて原告らの各損害額の四割五分を減額するのが相当である。そうすると、原告らの賠償を求め得る損害額は、原告両名につき各六七九万四七八八円となる。

四  損害の填補 各五九三万九六八〇円

原告らが損害の填補として受領した一七八一万九〇四〇円(当事者間に争いがない。)の各三分の一である各五九三万九六八〇円をそれぞれ控除すると、被告らが連帯して賠償すべき損害額は、原告両名につき各八五万五一〇八円となる。

五  弁護士費用(請求八〇万円) 一六万円

原告らが被告らに対し本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求め得る弁護士費用は、本件事故時の現価に引き直して原告両名につき各八万円の合計一六万円と認めるのが相当である。

六  結論

以上によれば、原告らの請求は、原告両名につき各九三万五一〇八円及び右各金員に対する本件事故当日である昭和六三年八月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 寺本榮一)

図面

〈省略〉

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